【手作りだからこそ髪型には美容師の心が表れるもの】

 

最近読んだ本の中に

奇妙な本がありました。

 

『レモンケーキの独特な寂しさ』

 

という物語です。

 

 

 

この物語に登場する主人公の少女は

特殊な能力を持っており、料理を食べるとその料理を

作った人の気持ちが具体的にわかってしまうという

フィクション作品です。

 

しかしその類の体験は物語の少女ほどではないにしろ

私達の現実の世界でもあることではないでしょうか?

 

ここでは美容に限った観点で考えてみましょう

 

「なんかいつもとカットの感じが違う?」

 

「なんかいつもより雑な感じがする」

 

こういった美容師への不信感は自宅に帰ってから

湧き出てくるものではなく、ほとんどの場合

美容室での滞在中に込み上げてくるもの。

 

なぜなら、髪に触れる美容師の手からお客様は

感じるから。

 

特殊な能力がなくても感じるから。

 

これは美容師のお客様に対してのおごりであり

甘えであり、人としての未熟さです。

 

作品に息吹を吹き込むという言葉があるように

作り手の心が表れるのは髪型も同じこと。

 

お客様は、美容師に期待しているのです

しかも、毎回、毎回。

 

だから、いつもはさみを持つ指先に熱を込めるのです

 

もしかしたら、私のような美容師は重い、うざい

のかもしれませんが、それが私のやり方であり

ヘアスタイルというデザインを通し

小さいながらも幸せを届けているのだと思っています。

 

ある有名な建築家の方が言っていました。

 

『デザインとは、人の役に立たなければいけない』

 

デザインとは人の心を癒す、満たすという社会の役割を

担っているのだという意味合いではないでしょうか。

 

一人のお客様のヘアスタイルを

担当させて頂ける時間は永遠ではありません

何故なら、美容師として現役で居られるには

限界があります。

 

先日、サッカー界では現役最年長記録50歳を

三浦知良選手が樹立しました。

 

「ゴールを決めたいと思はなくなった時が引退する時」

 

キングカズはそう言っていました。

 

 

 

私はたかだか街の一美容師にすぎませんが

熱を持ってカットを出来なくなった時が

引退する時なのだろうとキングカズのコメントを

聞き思いました。

 

私が50歳になるまでにあと数年ありますが

その時に今の気持ちを持ち続けていたい

そう願う、今日この頃です。